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2011年4月28日 (木)

岩手から帰って

本日岩手より戻ってきました。帰る道の途中でも何かモヤモヤしていて、色々な想いが頭の中を駆け巡っていました。チャリティーのご協力いただいた方々、義捐金を託していただいた方々、物資を託していただいた方々に私が目で見てきた事を詳細に報告しなければなりません。ただ一日本人としての想いと、はすっ葉ながらも経済人としての想い、裏から物事を見た嫌らしい想いと多岐にわたっていて今はなかなかまとまりません。現時点で言える事を書きます。

とにかく津波がなくて地震だけだったら被害は大きかったでしょうがここまで「壊滅」という言葉が当てはまる程度はなかったでしょう。大体5階建ての団地?の4階まで水が行くなんて誰も思わなかったでしょうから。ちょうど一斉捜索の日に当り自衛隊、消防、警察、海上保安庁の方たちが懸命に捜索をされていましたが、残念ながら数が少なすぎてこれはなかなか実際見つからないだろうなぁと感じる程でした。民間人を入れて一斉にやれば良いのでしょうが、如何せん行方不明者の捜索は法的にも一般人では問題があるでしょう。なかなか復興作業が始まるにはまだまだ時間がとてもかかってしまうんだろうなと感じました。被害に甲乙はつけるべきではないでしょうが、陸前高田の様相は他の所とは違い私にはちょっと想像していた域以上でした。

物資についてですが、基本的には欲しいと感じて自分で動けさえする方にはおおよそのものは手に入ると思います。内陸にちょっと入って例えばホーマックになど行けばないものはない。もちろんそこまで行く車や現金の調達が出来る方に限ってではありますが。だから今更軍手や作業着などわざわざ別地域から運ぶ必要はこれからはないと思います。渡したければその近くで十分買えますから(その方がその地域にお金が落とせる)。生鮮食料品は確かにスーパーがその地域にはないですから不足はしてますけど30分も車で走れば十分手に入る。でもその流された場所には当然もう居られませんから避難している場所からということですけど。津波を免れた場所(数十メートルの差)の方々は普通に暮らしています。車ももちろんあり、家も健在、畑も普通にある。1階が浸水して2階は大丈夫っていう家も多く、そこへの物資は内々でしか行かないようではありました。だから託された物資は差別なくとにかく困っている方に渡してくださいと話してお渡ししました。

これから避難している方たちが戻ってきて、どう町を復興させるのかはとても大変でしょうが、今度は私たちは観光で伺ってそこの地で色々消費して経済のお役に立ちたいかなと感じました。復興饅頭でも何でも名物を新たに作って、それを観光客は買って少しでも経済的に潤う仕組みが早くできれば、そこに住む方々のプライドも保てて良いんだろうなと思いました(不謹慎かな)。私が泊まった民宿?には多くの避難してきた方々が自炊しておられました。良い温泉、暖かな布団、お金さえあれば欲しいものが買える売店と結構良い環境。色々な避難場所があるようですが、ここはそれなりに良い方なのだと思います。子供たちは笑顔で廊下を走り回っていましたし。

まだまだ書きたい事たくさんありますが、今はまとまりませんからここまでで。

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